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![]() 新鋭・大鵬初の賜杯…福岡スポーツセンター◆優勝32度 九州で最多の7度![]() 九州場所で3場所連続優勝を果たした横綱大鵬のパレード
貴公子然とした20歳の関脇が土俵に上がると、会場から大歓声がわき起こった。 ![]() 第1回の九州本場所で、初めて「満員札止」が出た中日の福岡スポーツセンター(1957年)
![]() 福岡スポーツセンターの跡地に立つソラリアプラザビル(左)
1960年(昭和35年)11月27日。大相撲九州場所千秋楽で大鵬(二所ノ関部屋)が関脇北葉山を高々とつり出し、13勝2敗で初優勝。勝ち残りで控えに入ると、鳴りやまぬ拍手と歓声から自らを落ち着かせるように首を左右に振り、大きく息をついた。 前年の九州で十両優勝し、初場所で新入幕を果たしたばかりの新鋭が、横綱朝潮や大関柏戸らを抑え、賜杯を手にした。支度部屋に戻ると、「優勝できるとは最後まで思っていなかった」と語った。 優勝パレードは、会場の福岡スポーツセンターから部屋宿舎の萬行寺(福岡市博多区)まで行われ、大フィーバーとなった。「周りを見回す余裕などない。覚えているのは人だらけだったこと」。オープンカーは、米軍板付基地の関係者からの提供で、真っ赤な車と角界のニュースターのイメージがぴったり合い、新鮮だった。 当時、萬行寺近くに住んでいた中野一博(60)は、幕下時代の大鵬に遊んでもらった。「あのお相撲さんがこんなに立派になるとは思わなかった」と、優勝時の感動を思い出す。 漁業を営む樋口忠志(68)は、朝げいこをよく見学した。ある日、25センチもある車エビを大鵬に差し入れたことをきっかけに親交が始まった。「大きな体に似合わず、カメラとプラモデルが趣味。繊細な人なんですよ」。一緒に釣りに出れば、わずかな当たりにも敏感に反応する指先にも驚いた。「まわしを引くときに、あの指先の細やかな感覚が生きたのではないでしょうか」とみる。 初優勝の場所後に大関昇進。翌年は横綱として九州に戻ってきた。前人未到の優勝32度のうち、場所別では九州が7度と最も多い。「言葉は荒いが、男気があるんだね」。相撲協会を定年退職し、本名の納谷幸喜に戻った71歳は、相性が良かった九州をそう振り返る。 今の西鉄福岡(天神)駅のそばにあった福岡スポーツセンターは交通の便が良かったが、本場所の会場としてはやや手狭で支度部屋は外に仮設された小屋でしのいだ。激闘の舞台は福岡市九電記念体育館を経て、福岡国際センターに移った。福岡スポーツセンターは再開発に伴って取り壊されたが、名勝負と熱気の記憶は受け継がれる。今年は11月13日に初日を迎える九州場所。どんなドラマが生まれるか――。(敬称略。連載「追憶の舞台」はおわります)
(2011年10月28日 読売新聞)
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