私は対馬の出身です。博多港に近づくと、真っ先に赤白のタワーが目に付きました。宿泊施設も有ったので、小・中学校の修学旅行では、帰島前日にパラダイスに泊まってゲームセンターで遊んだ記憶が有ります。(遊さん)
昭和39年生まれ……。私と同い年なので、すごく親近感を覚えます。初めて行ったのは、確か小学生の時だったと思うのですが、その当時は、博多パラダイスから博多プレイランドという名前に変わっていたと記憶しています。屋上にゴーカート乗り場があって、楽しくて何度も何度も乗った思い出があります。
今でも現役で頑張っている博多ポートタワーに、楽しかった思い出をありがとう&これからも、同級生として一緒に頑張ろうねって言いたいです。(元西区民さん)
私が最後に博多パラダイスに登ったのは、昭和43年2月11日の日曜日でした。当時は祝日の振替がなく、建国記念の日が日曜と重なったのを悔やみながら、叔父に連れられてタワーに来ました。
福岡市で最も高い場所(山以外では)から見る眺望に小学2年生の私は夢中でした。そのあと、下の遊戯施設と外のジェットコースターに乗りました。ジェットコースターは一人乗りで、海に向かって進んでは直角に曲がるというタイプで、いかにも頼りなさそうなレールと車両が恐怖心をあおり、海が眼前に迫るたびに目をつぶりました。今思えば、人生の中ではタイタンよりも風神雷神よりもジュピターよりも怖かった最恐(?)の乗り物です。(ビーマーさん)
母の実家が対馬小路にありました。そこから見える風景は目の前を走る西鉄の市内電車、博多二中、KBCの鉄塔、「まるは」の大きな看板、そして博多パラダイスのタワーでした。その中でも博多パラダイスのタワーは印象が強くてこれを見ると「博多に来たなー」という思いでした。大好きだった祖父母も今は亡く、家ももうありませんが大切な思い出です。私が小学生のころ、昭和45年前後の事でこの写真より少し後のことです。(せいさん)
昭和42年の春、祖母に連れられていったはじめての九州旅行。同じくはじめて乗った飛行機(日本航空ボーイング727)が板付空港に着陸する直前、右の窓から見えた鮮やかなタワーにひとめぼれ。当初予定していた博多博覧会に行かずに、祖母にお願いしてタワーに連れていってもらいました。残念ながら展望台からの眺めは覚えていませんが、お土産屋で金属製のタワーの置物を買ってもらったことを覚えています。
当時、9歳。いまだに忘れられない思い出です。(にこさん)
博多パラダイスには、当時プールがあって、夏になるとよく親父につれていってもらった思い出があります。ある日、行ってみると、パラダイスが様変わりし、プールが無くなっていてショックを受けた事を今でも覚えています。(ヒロさん)