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海王がゆく

 
熊本 宇土マリーナ〜長崎 口之津港  出航 いざ! 大阪へ   05.07.25

 近畿地方の大王(天皇)の石棺に九州の阿蘇ピンク石が使われた理由を探るとともに、巨石の海路運搬が可能なことを実証する「大王のひつぎ実験航海」の船団が24日、熊本県宇土市を出航した。復元された古代船「海王」が石棺を載せた台船を引航し、22か所に寄港しながら約850キロに及ぶ海路をたどり、8月26日の大阪南港到着を目指す。(同行取材=熊本支局・岩永芳人、写真部・中司雅信)


 近畿地方の大王(天皇)の石棺に九州の阿蘇ピンク石が使われた理由を探るとともに、巨石の海路運搬が可能なことを実証する「大王のひつぎ実験航海」の船団が24日、熊本県宇土市を出航した。復元された古代船「海王」が石棺を載せた台船を引航し、22か所に寄港しながら約850キロに及ぶ海路をたどり、8月26日の大阪南港到着を目指す。

 「海王」と、石棺のふたと本体をそれぞれ載せる台船「有明」「火の国」、3隻の動力船の計6隻で構成する船団は天候にも恵まれ、順調に有明海を渡り、出航から約6時間半後の午後4時10分、最初の寄港地・長崎県口之津港に入った。


石棺のふたを載せた台船を引航し、沖合を進む古代船「海王」(24日、熊本県宇土市沖で、本社ヘリから)

 手こぎで推進する「海王」は途中、時間的な制約や潮流などの条件から動力船に引航されたが、水産大学校(山口県下関市)端艇部と口之津海上技術学校の学生計約40人が交代で操船し、所要時間のほぼ半分に当たる約3時間10分を自力で航行。うち約1時間半は石棺のふた(重さ約3トン)を載せた台船を引航した。

 6世紀前半の継体大王の陵墓とされる今城塚古墳(大阪府高槻市)、7世紀前半の推古女帝の初陵とされる植山古墳(奈良県橿原市)などの石棺に熊本県宇土半島産の阿蘇ピンク石(阿蘇溶結凝灰岩)が使われていたことが、これまでの研究で判明している。今回の実験航海では、古代の船や石棺を復元し、実際に航海することで当時の航海術や航路、港などを推定。大王の葬祭儀礼上、重要な石棺に九州の赤い石が使われた理由の解明につなげる。

 航海は熊本の考古学研究者グループが発案。実現に向けて、2004年4月、研究者で作る石棺文化研究会や地域おこし団体・熊本県青年塾、熊本県宇土市、読売新聞西部本社などで実行委員会を発足させた。

 「海王」のこぎ手は、水産大学校端艇部が全行程を担当するほか、長崎大や神戸大などの学生が交代で参加する。

 ピンク色をした九州の石が、なぜ近畿地方の大王(天皇)の石棺に使われたのか。クレーンもエンジン付きの船もない時代に重量物をどうやって運んだのか――。長年の謎を解明する前人未到の試みに、考古学者らの期待も高まる。「海と王権のドラマ」を再現する航海の初日、船団は有明の海を快調に進んだ。


「海王」を力強く進める水産大学校の端艇部員たち(24日)

 1500年前、古代の人々が出航する時も大勢の見送りを受けたのだろうか。24日朝、地元の小中学生を含む約500人が「海王」をひと目見ようと、熊本県宇土市の宇土マリーナに集まった。大太鼓がうち鳴らされ、花火が上がる。堤防に並んだ人たちは「頑張れ」「無事で」と手を振った。

 出航式には、航海の実行委員会代表を務める小田富士雄福岡大名誉教授、池田孜読売新聞西部本社社長らが出席。来賓の潮谷義子熊本県知事は「海王のひとこぎに歴史の重みと英知が込められる」と船団員を激励し、到着地・大阪に友好を呼びかける太田房江知事あてのメッセージを託した。


大勢の見送りを受け出航する古代船「海王」(24日、熊本県宇土市の宇土マリーナで)

 「ソーレ」。水産大学校端艇部員の元気なかけ声が有明海に広がった。体力を消耗しない薄曇りの天候と穏やかな海。台船を引いた時の海王の速度は最高2.5ノット(時速約4.6キロ)を記録した。事前の予想よりずっと速い。「盛大な見送りで、学生たちの士気も上がった。大阪まで石棺を運ばなければという使命感は古代の人たちと変わらないでしょう」と端艇部顧問の下川伸也助教授。

 考古学者で宇土市文化振興課の高木恭二課長は伴走する動力船から、石棺が海を進む姿を信じられない思いで眺めた。実験航海を20年近く前に発案。何度も壁にぶつかりながら協力の輪を広げてきた。「最初は石棺をどう運ぶのかさえ想像できなかった」と感激の面もちだった。

 有明海に浮かぶ湯島付近で、最初の寄港地・長崎県口之津町にある口之津海上技術学校の船と合流。海王のこぎ手が同校の学生に交代した。町は手はず通り、のろしを上げて海王接近を町民らに知らせたが、薄い霧のためか船団からは見えなかった。

 口之津港が間近に迫るころ、フェリーと船団の入港時間が重なる恐れが判明、岸に寄って航路を譲った。フェリーの乗客は珍しそうに我々を見た。大阪まで同じようなことはこれから何度もあるのだろう。

 水産大学校端艇部の山田甲子朗主将は到着後、「比較的長い時間、速いスピードで台船を引航できたことが、みんなの自信になる。明日からも頑張ります」と疲れも見せず、笑顔で語った。

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