
朱色がまぶしい楼門 |
◆竜宮城のようなたたずまい
豊臣秀吉や伊能忠敬、シーボルトらも入浴したとされる武雄温泉。旅館やホテルが立ち並ぶ温泉街を進んでいくと、鮮やかな朱色がまぶしい楼門が目に飛び込んでくる。楼門をくぐると、敷地の奥には同温泉新館が目の前に広がる。おとぎ話「浦島太郎」に登場する竜宮城を思い起こさせるたたずまいだ。
1915年(大正4年)完工。武雄温泉組(現・武雄温泉株式会社)の宮原忠直組長(故人)が、唐津市出身で東京駅や日本銀行などを手がけた近代建築学の第一人者辰野金吾と葛西萬司に依頼し、造られた。
楼門は、木造本瓦ぶきの入り母屋造りで、高さ約12.5メートル、基部の幅約9.1メートル、奥行き約7.7メートル。重層構造の屋根には両端に鯱(しゃち)が鎮座し、上層には外縁を回廊が巡る。
柱部分は赤漆、門の部分は真っ白な漆喰(しっくい)で塗り固められ、来場客を迎え入れる。軒下に掛けられている扁額(へんがく)の「蓬莱泉(ほうらいせん)」の文字は、佐賀の書家中林梧竹の揮毫(きごう)だ。
新館は、木造2階建てで左右対称。1階は浴場で、日本で初めて機械で大量生産された有田町のタイルがふんだんに使われ、天井の正八角形の湯気抜きに設計者の美意識が感じられる。2階は32畳の和室の休憩室で、新館を貫く廊下の火灯窓からは楼門が正面に見えるよう工夫されている。
1973年に休館。2003年、浴室の屋根が落ちたのを機に修復。現在は土産物屋や陶芸教室などに利用されている。現在、同温泉には年間約47万人が訪れ、楼門や新館を見学していく。宮原組長の孫で現社長の靖正さん(76)は「責任は重いが、後世に残していきたい」と、武雄温泉のシンボルを眺め、目を細めた。
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